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大阪地方裁判所 平成5年(ワ)9664号 判決

原告

甲野良子

右法定代理人親権者父

甲野一郎

右法定代理人親権者母

甲野春子

原告

甲野一郎

原告

甲野春子

右原告三名訴訟代理人弁護士

宮岡寛

李義

鈴木敬一

吉田義弘

小泉伸夫

山田庸男

右訴訟復代理人弁護士

中世古裕之

被告

高槻市

右代表者市長

江村利雄

右訴訟代理人弁護士

俵正市

重宗次郎

刈野年彦

坂口行洋

寺内則雄

小川洋一

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は、原告らの負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告甲野良子に対し、一億六九九〇万二六六五円及びこれに対する平成四年七月一八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  被告は、原告甲野一郎及び同甲野春子に対し、それぞれ、金八五八万円及びこれに対する平成四年七月一八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

4  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  当事者

原告甲野良子(以下「原告良子」という。)は、昭和五三年四月三〇日生で、後記事故の発生した平成四年七月一八日当時、高槻市立第二中学校(以下「第二中学校」という。)二年六組に在学していた。

原告甲野一郎(以下「原告一郎」という。)及び原告甲野春子(以下「原告春子」という。)は、原告良子の両親である。

被告は、第二中学校を設置及び運営しており、乙山次男(以下「乙山」という。)は、同中学校に勤務していた教諭で、平成四年七月一八日当時二年六組の担当教諭であった。

2  本件事故の経過等

(一) 平成四年七月一八日は第二中学校の一学期の終業式の前日で三時間目に大掃除が行われた。原告良子は、二年六組の教室(本館三階)の南側窓の担当となり、窓の外側を拭こうとして、モップを片手に持ち、別紙図面記載の窓外側のコンクリート部分(以下「コンクリート部分」という。)に両足を乗せ、中腰の状態になったところ、過って転落した。

(二) 原告良子は、右転落事故によって、第五頚椎脱臼骨折、第六頚椎椎体骨折、頚髄損傷、右鎖骨骨折、骨盤骨折及び頭蓋骨骨折等の傷害を負い、平成四年七月十八日から入院治療を受けたが、平成五年一月二七日、両上肢に著しい障害を残し、かつ、両下肢機能を全廃した状態で症状固定し、障害程度等級一級に認定された。

3  担当教諭の過失

(一) 公立学校の教員は、学校教育法等の法令によって生徒を保護、監督する義務を負っており、生徒の生命・身体に危険があると考えられる場合には、その安全に配慮すべき注意義務があり、特に、原告良子のように未だ中学二年生で、心身の発達が未熟で判断能力も十分でない生徒に対しては、担当教諭が生徒が行いうる危険な行為を十分予測して指導、監督しなければならない。

ところで、大掃除のように日常的な教育活動と異なった学校行事の場合には、生徒の危険に対応する能力が十分備わっていないことが予想されるし、また、担当教諭が常時生徒を監視することが不可能であるうえ、本件では、①原告良子らが中学二年生になって初めての大掃除であったこと、②普段は生徒に窓掃除をさせていなかったのに、大掃除では窓掃除も行わせるようになっていたこと、③二年六組の生徒の中には、原告良子も含め一年生の時教室が一階であったことから大掃除で窓の外側も全面的に拭いた経験を有するものがいたこと、④生徒の中にはふざけて窓の外側の庇に下りる者もいて、窓付近の危険性についての認識が十分でないものも少なからずいたことからして、担当教諭において、生徒らが、大掃除において窓の外側を全面的に拭こうとして、窓外側の棧やコンクリート部分に両足を乗せる等の危険な行動にでることを予見し、生徒らが窓の外側に出る等の危険な行為に出て転落することのないように、窓掃除の担当者に対して窓の外側は拭かないように明確に指導するか、又は、窓の外側も拭かせる場合には、拭く範囲を具体的に指定したり、絶対に窓の外側の棧やコンクリート部分に乗ってはならない等具体的に指導すべき注意義務があった。

(二) ところが、乙山は、中学一年生の時に一階の教室で窓の外側全面を拭いていた生徒がいることを看過し、生徒が窓の外側を拭くため棧やコンクリート部分に両足を乗せるなど大掃除に伴う危険な行為に出る恐れもあることを認識しなかったために、原告良子らに対し、何ら窓掃除についての指導を与えず、右の注意義務に違反したものであり、乙山の右注意義務違反の結果、原告良子の転落事故が発生した。

4  被告の責任

乙山は、前記のとおり被告が設置及び運営する第二中学校の教諭であるところ、本件事故は学校教育の一環として行われた大掃除中に、乙山の前記過失により発生したものであるから、被告は、国家賠償法一条により原告らが被った損害を賠償する責任がある。

5  損害〈省略〉

6  よって、被告に対し、国家賠償法一条に基づき、原告良子は一億六九九〇万二六六五円及びこれに対する不法行為の日である平成四年七月一八日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを、原告一郎及び原告春子はそれぞれ八五八万円及びこれに対する不法行為の日である平成四年七月一八日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実中原告良子が平成四年七月一八日当時第二中学校二年六組に在学していたこと、被告が第二中学校を設置及び運営しており、乙山が第二中学校に勤務していた教諭で、右当時二年六組の担当教諭であったことは認める。

2(一)  同2(一)の事実中平成四年七月一八日の三時間目に大掃除が行われたこと、原告良子が転落したことは認めるが、その余は不知。

(二)  同(二)の事実中原告良子が本件事故により傷害を負ったこと、右傷害につき入院治療を受けたことは認めるが、その余は不知。

3(一)  同3(一)の事実中、本件事故が学校教育の一環として行われた大掃除中に発生したことは認めるが、生徒の中にふざけて窓の外側の庇に下りる者がいたことは不知、その余は争う。

(二)  同(二)の事実は否認する。

本件事故は、乙山の指示、指導と異なる方法で掃除をしようとした原告良子の一方的過失により生じたものである。乙山は、平成四年七月一八日の大掃除に際して、生徒らに掃除方法や清掃用具の使用等を具体的に指示、指導しており、窓拭きについては手の届く範囲内でよいという指示を与えている。また、原告良子は、第二中学校に入学以来何度も右のような指導を受けており、窓拭きの掃除方法を十分理解していた。

4  同4の事実のうち、乙山が被告が設置及び運営する第二中学校の教諭であること、本件事故が学校教育の一環として行われた大掃除中に発生したことは認めるが、その余は否認する。

5  同5項は争う。

三  抗弁

1  過失相殺

原告良子は、前記のとおり第二中学校での指示、指導とは異なる方法で窓掃除をしようとした結果、本件事故を発生させた。右過失を斟酌すべきである。

2  損益相殺〈省略〉

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1の事実は否認する。原告良子は乙山から掃除方法の指示、指導を受けていない。

2(一)  同2(一)の事実は不知。損益相殺の主張は争う。

(二)  同2(二)の事実のうち、原告良子がその主張の金員を受領したことは認めるが、その余は争う。

(三)  同2(三)の事実は認める。

第三  証拠〈省略〉

理由

一  請求原因1(当事者)について

請求原因1の事実のうち、原告良子が平成四年七月一八日当時第二中学校二年六組に在学していたこと、被告が第二中学校を設置及び運営しており、乙山が同中学校に勤務していた教諭で、右当時二年六組の担当教諭であったことは当事者間に争いがなく、〈証拠省略〉によれば、その余の事実が認められる。

二  請求原因2(本件事故の経過等)について

前記争いのない事実に、〈証拠省略〉を合わせれば、次の事実が認められる。

1  平成四年七月一八日は第二中学校の一学期の終業式の前々日であり、その三時間目(午前一〇時五〇分から午前一一時四〇分まで)に全校一斉の大掃除が行われた。原告良子は、二年六組の教室(本館三階)の南側窓の拭き掃除の担当となり、同日午前一〇時五五分ころ、右窓の外側を拭こうとして、モップを片手に持ち、コンクリート部分に両足を乗せ、中腰の状態になったところ、誤って地上に転落した。

2  原告良子は、右転落事故により、第五頚椎脱臼骨折、第六頚椎椎体骨折、頚髄損傷、右鎖骨骨折、骨盤骨折及び頭蓋骨骨折等の傷害を負った。そのため、平成四年七月一八日から大阪府三島救命救急センター、医療法人祐生会みどりヶ丘病院、星ヶ丘厚生年金病院に入院して治療を受けたが、平成五年一月二七日両上肢に著しい障害を残し、且つ、両下肢機能を全廃した状態で症状固定し、同日大阪府から身体障害者等級一級の認定を受けた。

三  請求原因3(担当教諭の過失)について

前記争いのない事実と前記認定の事実に、〈証拠省略〉を合わせれば、次の事実が認められる。

1  第二中学校で行われている清掃は、大別して、学期末毎の大掃除(四月、七月、九月、一二月及び翌年三月)と毎日の掃除に分けられ、大掃除は学校行事のうち勤労生産、勤労奉仕的なものとして、毎日の掃除は環境整備・校内美化・勤労生産・奉仕活動的なものとしてそれぞれ位置づけられており、生徒の自主的な活動に任されている部分が大きい。

第二中学校では、大掃除の際には、日常の掃除とは異なり、窓拭きと床の油引きが行われているところ、窓の拭き掃除のためにモップを用意しており、これを使用すれば、窓の外側のコンクリート部分に出るなどの危険な行為に出ることなく窓の外側を容易に拭くことが可能である。そして、担任の教諭は、一年生の最初の大掃除の際、右モップの使用方法の説明と、窓の外側に出て窓拭きをするのは危険であるから、教室の内側から手ないし右モップが届く範囲で窓を拭けばよい旨の指示・説明をするようにしており、原告良子に対しても、当時の担任の教諭からその旨の指示・説明がなされた。原告良子は、右指示に従って、一年生の時に四回大掃除を経験している。

2  乙山は、平成四年四月から、原告良子の属する二年六組を担任することとなったが、両親を飛行機事故で亡くしたこともあって、日頃から、生徒に対し、窓の外に出るなどの危険な行為に出て命を粗末にすることがないよう注意していた。

3  平成四年七月一八日は終業式の前々日であり、三時間目に大掃除が予定されていた。原告良子の属する二年六組は、同組の教室と第一美術室等の掃除を担当することとなった。

原告良子は、二年六組の南側の窓拭きの担当となり、大掃除が始まった直後の午前一〇時五五分ころ、右窓の外側を掃除するため窓から外に出て、モップを片手に持ち、手で別紙図面記載の手すり棒(以下「手すり棒」という。)を掴みコンクリート部分に両足を乗せて中腰の体勢をとったところ、誤って地上に転落した。

その際、級友のAは、原告良子の右体勢を見て危険を感じ、原告良子に対し、大丈夫かと声をかけたものの、原告良子が大丈夫であると返答したので、他に気をそらせた直後、右のとおり転落事故が発生した。

4  原告良子は、本件事故当時中学校二年生であるところ、中学校二年生ともなると、身の回りの生活に関わる行為や事象にどのような危険性が伴うかについてはある程度判断できる能力が備わっており、特に生命に危険があることが予測される行為には出てはならないことを一般に理解している年代である。そして、二年六組は本館三階にあり、南側の窓(右窓には転落防止用の手すり棒が設けられていた。)から地上までの高さ、窓から外に出た場合に転落を防止する設備がないことなどからして、原告良子がとったような体勢で窓の外側に出て窓拭きをするのは極めて危険な行為であり、僅かの過ちで転落し重大な結果が発生することを容易に理解し、自主的な判断で右のような行動を避けることを十分期待できる状態にあった。

5  第二中学校の生徒の中には一階の教室の窓枠に上がったりして窓の外側を拭いていた者もいたが、教諭において発見の都度注意し、これを止めさせていた。

しかし、本件事故が発生するまで、大掃除に際して、校舎の二、三階において、生徒が窓の外側に出て窓を拭いているのを教諭が発見・注意したことはなく、この点について職員会議等で問題とされたことはなかったし、また、大掃除中に生徒が校舎から転落する事故が発生したこともなかった。

6  原告良子は、バレー部に所属する活発な生徒であったが、クラス委員もしており他の生徒と比較して特に思慮に欠けた行動をとったりする傾向は見られず、乙山において同女が前記のような危険な行動に出ることを予測できる事情はなかった。

7  乙山は、大掃除が開始されて間もなく自己の担当区域である第一美術室で清掃道具の準備を開始し、その後二年六組の教室等の見回りを予定していたところ、前記のとおり本件事故が発生した。

弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第一五号証、証人Aの証言及び原告甲野良子の本人尋問の結果中右認定に反する部分はにわかに措信し難く、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

ところで、公立中学校の教諭は、学校における教育活動により生ずる恐れのある危険から生徒を保護・監督し、事故の発生を未然に防止すべき一般的注意義務を負っているものと解される。そして、具体的場合に右義務が発生するか否かは、当該教育活動の性質、事故の種類・態様、生徒の年齢・知能・身体の発育状況等の諸般の事情を総合し、事故が発生することを当該教諭において予見し、もしくは一般通常人において予見しうべき場合であったかどうかにより判断すべきである。

これを本件について見るに、前記認定のとおり、本件事故発生当時原告良子は中学校二年生で相当の判断能力を備えており、自らの判断で前記のような転落を容易に予測できる危険な行動に出ないよう期待することが可能な年齢であったこと、大掃除に際しては、学校が用意していたモップを使用すれば外に出ることなく容易に窓の外側を拭くことが可能であったこと、第二中学校では、一年生の時に、窓の外側に出て窓を拭くのは危険であるから、手ないしモップの届く範囲で掃除するよう指示していたこと、これまで、大掃除に際して、校舎二、三階において、生徒が外に出て窓を拭いているのを教諭が発見・注意したことはなく、この点について職員会議等で問題となったことなどはなかったこと、原告良子の性格・行動傾向からして、同人が前記のような危険な行動に出ると予測し得るような前兆はなかったことからすると、原告良子が、校舎三階の窓の外側に出て窓掃除をするため前記のような危険な行為に出ることは、担当教諭である乙山において予見できず、また、一般通常人においても予見することができなかったものというほかなく、したがって、本件大掃除に際して、乙山に窓拭きの担当者に対し窓の外側は拭かないように明確な指示をしたり、窓の拭く範囲を具体的に指定したり、絶対に窓の外側の棧やコンクリート部分に乗ってはならない旨具体的に指導すべき注意義務の違反があったものということはできず、他に、乙山に保護・監督義務違反があったことを認めるに足りる証拠はない。

よって、原告らの右主張は理由がない。

四  結論

以上のとおりであるから、その余の点について判断するまでもなく、原告らの本訴請求はいずれも理由がないのでこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官大谷正治 裁判官牧賢二 裁判官北岡久美子)

別紙図面〈省略〉

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